私のすすめる本 8
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目次
序文 「何を読むのか」・・・・・・・・・・・・・・・・・・丹下 一郎
裸の王様 / 開高 健・・・・・・・・・・・・・・・・・・岩崎 雅美
菩提樹の影 / 中勘助 他・・・・・・・・・・・・・・・・石原 諭
Dの複合 / 松本清張・・・・・・・・・・・・・・・・・・岩田 一彦
自分を活かす思想・社会を生きる思想・・・・・・・・・・・・尾原 康光
子供にものを教えること 他・・・・・・・・・・・・・・・・後藤 幸弘
教育する勇気 / 和田修二 他・・・・・・・・・・・・・・佐々木 正昭
ノーマリゼーションの父・・・・・・・・・・・・・・・・・・真城 知己
くらしの実情とニーズ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真城 知己
非営利組織の経営 ドラッカー,P.F.・・・・・・・・・・真城 知己
ロンドン路地裏の生活誌・・・・・・・・・・・・・・・・・・真城 知己
ロウソクの科学 / ファラデー・・・・・・・・・・・・・・澁江 靖弘
子供の待っている一言 / 戸田唯巳 他・・・・・・・・・・菅原 稔
魯迅 「人」「鬼」の葛藤 / 丸尾常喜・・・・・・・・・・鈴木 敏雄
子供の脳の栄養学 / C.キース・コナーズ ・・・・・・・高岡 昭
MAGAJIN’S BASIC JAPANESE
THROUGH COMICS ・・・・・・・・・・・・・・高岡 昭
私家版日本語文法 他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・高階 時子
学校・学歴・人生/私の教育提言 / 森嶋通夫・・・・・・・高須 一
授業づくりの心理学 / 伏見陽児・麻柄啓一 他・・・・・・田中 耕治
ガヴァネス(女家庭教師) / 川本静子・・・・・・・・・・田中 正道
文学作品で学ぶ日本史 / 宮内正勝 安部泉 他・・・・・・中洌 正尭
保育の一日とその周辺 / 津守真・・・・・・・・・・・・・名須川 知子
六甲山の地理 他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・成瀬 敏郎
心理療法に興味のある方に・・・・・・・・・・・・・・・・・西出 隆紀
大作曲家の知られざる横顔 / 渡辺学而・・・・・・・・・・野村 泰敏
エイズ発症・その生と死を語る・・・・・・・・・・・・・・・原田 碩三
ナチ占領下のパリ / 長谷川公昭・・・・・・・・・・・・・原田 智仁
世界科学史百科図鑑 他・・・・・・・・・・・・・・・・・・広瀬 正美
ギリシア詩文抄 / 北嶋美雪・・・・・・・・・・・・・・・藤縄 千艸
わくわくミュージアム / 大月浩子・・・・・・・・・・・・藤縄 千艸
豊かな「語り聞かせ」「読み聞かせ」をおこなうために・・・・堀江 祐爾
囲碁の民話学 / 大室幹雄・・・・・・・・・・・・・・・・前田 貞昭
わかりやすい意志決定論入門 / 木下栄蔵 他・・・・・・・松本 伸示
逆説の日本史 / 井沢元彦・・・・・・・・・・・・・・・・松本 ミサヲ
音と映像による世界民族音楽大系・・・・・・・・・・・・・・水野 信男
からだの教養 / 丘沢静也・・・・・・・・・・・・・・・・森田 啓之
対話する人間 / 河合隼雄・・・・・・・・・・・・・・・・森田 啓之
百鬼夜行の見える都市 / 田中貴子 他・・・・・・・・・・山口 眞琴
いま、なぜ民族か / 蓮實重彦・山内昌之編・・・・・・・・山崎 弘行
「在外」日本人 / 柳原和子・・・・・・・・・・・・・・・山崎 弘行
エリザベート ハプスブルク家最後の皇女 / 塚本哲也・・・渡邉 正樹
聖なる予言 / ジェームス・レッドフィールド・・・・・・・渡邊 裕子
あとがき
「何を読むのか」
図書館長 丹下一郎
書物を読むということは言葉を介して読むということですから、使用されてい
る言葉(数字も含む)について、例えば単語や文法の意味や規則を知らなければ
読めないことは当然ですが、ではその言葉の意味や文法規則がわかっているとし
ても、われわれは書物を読んで、そこに使われている言葉を読んだとか、その言
葉の意味や文法規則を読んだとは普通言いません。では一体何を読んでいるので
しょうか。
現代の脳科学は、知覚は個性的であると言います。刺激を受容する感覚器官と
しての眼や耳がなければ、われわれは物を見たり、聞いたりすることは出来ませ
んが、受容された複雑な感覚的刺激が神経回路を伝わって脳に送られ、そこで分
別され、さらに再統合されて、それがそれと知覚されて初めてわれわれは物を見
たり、聞いたりしていると言えます。ちょうどそれは白色光線がプリズムを通る
時、連続体としての多彩な色に分解されますが、その多彩な色が統合されて再び
白色に戻るようなものでしょう。ただし物を知覚する人間の脳の分別作業には、
刺激全体を連続体的に、漸層的に分別する分析も、それを不連続的に、離散的に
量子化するような分析も、また次元を異にする多様な視点から解析する仕方もあ
るというように、いろいろあるように思えます。このように人間の脳は世界を絶
えず、細かく複雑に分析すると共に、遂にそれらをまたいろいろと文脈化して総
合し、全体として単純化する過程をくり返しています。しかしそれと同時にその
分析・総合の過程のどの部分に注意がむけられ、それがどのように意識化され、
価値づけられるかは人により様々で、これが知覚を個性化させるゆえんと言えま
しょう。もち論不注意、無関心から最初はそれと意識されない部分でも、注意や
感心が喚起されれば、われわれの脳は基本的にそれをそれとして認知できる可塑
性をもっています。こうして多様に、複雑に認知されたさまざまなレベルにおけ
る世界の要素や次元やそのグループ的塊はイメジや概念として対象化され、無意
識的および意識的記憶として蓄えられるようになりました。実は言葉の意味と言
われているものは、その全てではありませんが、大雑把に言って、知覚の結果脳
内にイメジ化され、概念化されて出来たさまざまな対象だと言えます。ですから
言葉を介して書物を読むという時、われわれが読んでいるのは、言葉の意味であ
る、対象化されたイメジや概念やそれらのグループ的塊でさまざまに構成され、
編成された世界を読んでいるのです。この世界は談話世界とも呼ばれます。談話
世界はもち論現実世界とは別の世界ですが、現実を象徴する物として非常によく
似ている場合もあります。学術的な科学の談話世界はそのような一例でしょう。
また典型的にはある種の文学作品にみられるように、現実には存在しませんが、
可能性として想像しうる談話世界もありますし、極端な場合には決して現実には
あり得ない不可能な世界も談話世界では成立し得ます。
書物とは人間の感覚・知覚を与件とし、興味・関心など心理的に動機づけられ
た主題に統率されて、内界に対象化されたイメジや概念を、それらに表示する言
葉で、個性的に多様に、しかも何らかの目的と原理に基づいた分析・総合的思索
と想像力により構成し、編成した談話世界の総体と言えます。その意味では興味
・関心に裏付けられる限り、どんな種類の談話世界から入っても構わないでしょ
うが、漸次その範囲を広め、深め、それによって自分の人格的世界を広め、深め
ることが大事です。「読む」という言葉は「世界を読む」とか「時代を読む」の
ようにも使われます。書物を読むことによって世界や時代を読む思索力と想像力
を養うことが望まれます。
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裸の王様 開高 健 文芸春秋新社 1958
岩崎 雅美 (生活・健康系教育講座)
デンマークのアンデルセンという人がつくったといわないで、子供にある物語
を聞かせる。「皇帝の新しい着物」と題し、「むかし、えらい男がいてね、たい
へん見え坊な奴でな、金にあかせて着物をつくっちゃ、一時間おきに着がえては、
どうだ男前だろう、立派にみえるだろうと、いばっていた………」と。
そして子供にこの話からイメージされることを絵に描いてごらんという。絵本
に描かれた絵や知識などの先入観をできるだけ入れないで、自分の生活体験の中
だけでこの話が絵になることを作者は期待する。
10才の太郎は「大名」というイメージでとらえる。「越中フンドシをつけた
裸の男が松の生えたお堀端を歩いているのである。兵隊のように手をふってお堀
端を濶歩していた。」
仕事一筋の父親に見放され、生母といっしょに村芝居を見に行った昔の記憶が
再現されているのである。さらにこの絵は母親と呼ぶには若すぎ、妻としては孤
独な女性から逃れる、太郎が初めてみせた自我の発露でもあった。太郎はそれま
で電車や人形やチューリップばかりを描き、どの画にも人間がひとりも登場して
いなかったのである。
アンデルセンの物語を日本とデンマークの子供が聞いたら、どのように絵に表
現するだろうか比較してみたいと作者は思い、デンマークの文部省にいい加減な
宛名で手紙を出す。この作者の発想と行動力に覚醒されるものがある。そしても
う断念しようかと考えて送った第三便に対して返事がもどってくる。
この物語には企業のふりかざす大金のもとにうごめく集団と、人間性を求める
個人の対立という展開もからんでいる。子供のもつ健全なバイタリティーが、そ
のような大人のはりめぐらした鎖をどう破るかという教育的なテーマも含まれ、
新前教師の書としてもふさわしい。
開高 健は27才の時にこの作品を書き芥川賞を受賞したが、文化の地域性を
織り込んでいることに私の個人的興味が共鳴し印象深いものになっている。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
(発注中)
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菩提樹の影 中勘助 岩波文庫
密蜂 中勘助 岩波文庫
宣告 加賀乙彦 新潮文庫
石原 諭(自然系教育講座)
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「・分類記号 配架場所
菩提樹の影(岩波文庫版は絶版、全集2巻に所収) 918.68 Na 2階開架書架
密蜂(岩波文庫版は絶版、全集8巻に所収) 918.68 Na 2階開架書架
宣告 918.6 Ka 2階開架書架
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「Dの複合」 松本清張
『松本清張全集3,ゼロの焦点・Dの複合』 文芸春秋 1971
岩田 一彦(社会系教育講座)
社町の隣の町,西脇には,JRへそ駅,へそ公園,にしわき経緯度地球科学館
がある。興味をもって既に訪れた人は,身近な地域の変わった現象に,関心をし
めし,なぜだろうという探究心をもっている人といえるだろう。西脇市には,わ
が国の標準時刻を決めている東経135度と,北緯35度の交点がある。
さすが松本清張は,この交点に関心をしめし,135度と35度上に存在する
町に殺人事件を配し,「Dの複合」という二百数十頁の推理小説を書いている。
この殺人事件と浦島伝説,羽衣伝説などの民俗的伝承をからめて,この小説を,
殺人事件の謎ときのおもしろさと民俗的事象への関心,との両面から,読者を魅
了するものにしている。
この小説の解説者,小松伸六氏は,この小説を次のように高く評価している。
「多少アンフェアな点があるだろうが,ミステリー仕立ての伝説があり,現代性
があり,サスペンスにあふれ,さいごに快刀乱麻のナゾときがある本格的推理小
説として,『時間の習俗』とともに,松本氏の巨きさをいかんなくあらわしてい
る代表作と信ずる。」(p.462)
なぜ『Dの複合』というのか,民俗的伝承がなぜ殺人事件とからむのかについ
ては,読んでのお楽しみである。この小説を突破口にして,松本清張の他の作品
へ関心がつながっていくことを期待している。
「教授学習過程」は,基本的に,一定の情報のなかで,答をみずから推理発見
させる過程である。このように考えると,推理小説を読むことが,教授学習過程
を構想することにつながってくるともいえる。いや,こんな難しいことはいわな
いで,推理小説を楽しんでいただきたい。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
松本清張全集3 918.6 Ma 2階開架書架
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『自分を活かす思想・社会を生きる思想』
竹田青嗣・橋爪大三郎 径書房 1994
尾原 康光(社会系教育講座)
ソ連および東ヨーロッパ諸国の崩壊後、思想に対する信頼がことに薄れ、思想
が色褪せてしまったような感がある。共産主義や社会主義をはじめ過去にあった
思想がわれわれにとってあまりよいものではなかったという記憶が、そういった
感覚をささえている。「思想なんて何の役に立つの?」「そんなこと考えてどう
するの?」というのが、思想に対するわれわれの偽らざる本音ではないだろうか。
本書は、思想に対する、このような否定的・消極的な態度へのアンチテーゼで
ある。本書で展開される議論を貫いているのは、「思想はいつどんな時代でも絶
対に必要なものだ」という強固な信念である。
本書のタイトルが示すように、思想が考えるべきことは、結局のところ《自分
をよりよく活かす》か《社会をよりよく生きる》か、どちらかの課題に通じてい
る。「人間は完全に自由なエゴイストとして生きていくことはできない」と言う
橋爪氏は、《社会をよりよく生きる》という課題にウエイトを置いた議論を展開
している。他方、「どうやって正義を実現するか、あるいは社会のために人間は
何をすべきか、というような考え方だけでは思想は成立しない」と言う竹田氏は、
《自分をよりよく活かす》という課題にウエイトを置いた議論を展開している。
このように基本的なスタンスを異にする二人の間で展開される対談は誠に刺激
的である。「国家」「教育」「メディア」「環境」「差別」「宗教」といったテ
ーマをめぐる二人の見解は非常に精緻で、他の追随を許さない。本書は、われわ
れがそれらのテーマについて考える際の基本的な枠組を提供するものである。
本書を読み終え、《社会をよりよく生きる》という課題に関心を持たれた方に
は、橋爪氏の次の著作をおすすめする。『冒険としての社会科学』(毎日新聞社)、
『現代思想はいま何を考えればよいのか』(勁草書房)、『民主主義は最高の政
治制度である』(現代書館)。また、《自分をよりよく活かす》という課題に関
心を持たれた方には、竹田氏の次の著作をおすすめする。『「自分」を生きるた
めの思想入門』(芸文社)、『エロスの世界像』(三省堂)。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
自分を活かす思想・社会を生きる思想 304 Ta 2階開架書架
冒険としての社会科学 304 Ha 2階開架書架
現代思想はいま何を考えればよいのか 304 Ha 2階開架書架
民主主義は最高の政治制度である 304 Ha 2階開架書架
「自分」を生きるための思想入門 113 Ta 1階開架書架
エロスの世界像 104 Ta 1階開架書架
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私のすすめる本 「子供にものを教えること」他
後藤 幸弘(生活・健康系教育講座)
子どもにものを教えること 東洋 岩波書店 1983
(子どもと教育を考える 19)
子どもがわかることの楽しさを味わい、生き生きと学習に取り組めるようにす
るには、どのようにすればよいかについて分かりやすく書かれた著書である。
教員を目指す人に入門の書として推薦する。
学習指導論 東洋 第一法規 1983 (教育学大全集 28)
専門の書として薦める。
手の日本人、足の西欧人 大築立志 徳間書店 1989
価値感とスポーツ文化の関係について自然学者によって書かれた興味深い本。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
子どもにものを教えること 370.8 Ko 2階開架書架
学習指導論 370.8 Ky 2階開架書架
手の日本人、足の西欧人 780.4 Ot 2階開架書架
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私のすすめる本 「教育する勇気」他
佐々木 正昭(生徒指導講座)
教育する勇気 和田修二 玉川大学出版局 1995
該博な学識と深い思索に裏づけられた鋭い切口で現代の教育問題を提示し、解
決への糸口と私達のとるべき態度を示している。哲学的な部分は予備知識のない
人には少々難しく思えるかも知れないが講演などをまとめたものなので全体的に
読みやすく、教育関係者に「勇気」を与えてくれる本である。
蓮如 五木寛之 岩波書店 1994 (岩波文庫)
副題に「聖俗具有の人間像」とあるように親鸞の教えに深く帰依しながらも本
願寺の復興を果した人物の聖俗あわせもつ人柄を資料をきちんとおさえながら浮
き彫りにしている。文章が簡潔明瞭で読みやすい。
がんばれ剛君、笑って由子ちゃん 鹿島和夫
PHP研究所 1995
障害を受けた児童を自分のクラスで受け入れた著書自身の写真集。
障害児のためだけでなく、様々な関わりの中からいわゆる「健常」の子どもた
ちの態度が変化し、共に育っていく過程がよく分かる。写真が実に鮮明で劇的な
瞬間がよくとらえられている。
一年一組せんせいあのね いまも 鹿島和夫 理論社 1994
一年一組せんせいあのね それから 鹿島和夫 理論社 1994
「せんせいあのね」とよびかける形で書かせた子どもたちの「あのね帳」の話
を編集した最新のもの。著者によれば最後になるかも知れないとのこと。最初の
同名著書と変わらぬみずみずしい詩があふれているのは驚きである。最後に著者
と灰谷健二郎氏との対談がある。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
教育する勇気 370.4 Wa 2階開架書架
蓮如 188.7 It 文庫・新書コーナー
がんばれ剛君、笑って由子ちゃん 378 Ga 2階開架書架
一年一組せんせいあのね いまも 376.2 Ic 2階開架書架
一年一組せんせいあのね それから 376.2 Ic 2階開架書架
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「ノーマリゼーションの父」N.E.バンク−ミケルセン
著者 花村春樹 ミネルヴァ書房 (福祉BOOKS 11)
真城 知己(障害児教育講座)
この本で取り上げられているバンクーミケルセン氏(1919-1990)は、世界中にお
ける障害者福祉の基本的概念である「ノーマリゼーション」の考え方を行政に取
り入れ、特に知的な障害を持つ人たちの人権を保障する活動に大きな功績を残し
た人です。バンクーミケルセン氏が福祉行政に果たした活動により、障害者の福
祉活動にかつてない実質的な変革がもたらされました。本書に収められている彼
の講演内容の記録が非常に明解で説得力を持っているのは、「ノーマリゼーショ
ン」の考え方を学問的に確立させることを目指したのではなく、一貫して行政官
としての立場を貫きながら福祉行政として果たすべき役割を追求し続け、そして
実行した結果によるものに他ならないといえましょう。
ノーマリゼーションの思想について理解する上で、大変読みやすく、また理解
しやすい本です。
ノーマリゼーションないしインテグレーション(正常化,統合化と訳さ
れる。高齢者,障害児,障害者について,従来とかく家庭生活,教育,
雇用など通常の社会生活の場から引き離して福祉を図ってきたのを改め
て,正常な社会生活に統合したなかで福祉が保障さるべきだとする理念)
(平凡社大百科事典より)
本館の所蔵 「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
289 Ha 1階開架書架
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くらしの実情とニーズ〜平成2年精神薄弱児(者)福祉対策基礎調査結果
報告 厚生省児童家庭局障害福祉課 中央法規出版 1993
真城 知己(障害児教育講座)
サブタイトルにもあるように、本書は平成2年に行われた全国調査結果をもと
に作成されたものです。全国に約38万人ほどいると推計される知的な障害を持っ
た人たち(制度上、精神薄弱児(者)と呼ばれています)が一体どの様な生活上の
ニーズを持っているのかを調査したものです。
学部生を対象にした授業などでも、「障害を持つ人にどの様に接したらよいの
かがわからない」と言った意見がよく聞かれます。これに対する答えの手がかり
として、本書には知的な障害を持つ本人やその家族の社会に様々な対する要望が
自由記述形式でそのまま掲載されています。その量は50頁以上にも及ぶもので
す。中には自らの希望を言葉にしてうまく表現できない人も少なくありませんか
ら、正しい文章になっていないものもあります。しかし、そこに社会に対する本
当の心の声を見いだすことができます。調査結果を見るとわずか15項目のみで
構成されていることに驚かれる人も多いことでしょうが、単なる生活の実態調査
ではなく、知的な障害を持った人たちが社会において生活をするためにどの様な
ニーズを抱えているのかを理解する上で貴重な示唆を与えてくれています。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
369.28 Ku 2階開架書架
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非営利組織の経営 ドラッカー,P.F.
ダイヤモンド社 1991
真城 知己(障害児教育講座)
かなり有名な本ですので、すでに読まれた方もいるかと思います。アメリカ社
会における非営利組織におけるボランティアの役割の大きさを理解する一助とな
る本です。本書ではアメリカの成人の二人に一人が平均5時間をこうした活動に
費やしている事実に裏付けをもちながら、単に余暇時間の活用という表面的な部
分にとどまらない、社会的に確固とした位置づけをもたされている「非営利組織」
について述べられています。その中でこうした組織が各々「明確なビジョン」を
もっていることや、そのビジョンの下での非営利組織ならではの活動上の特徴、
リーダーの役割などが明らかにされていきます。本書は非営利組織としての「学
校」について考える上でも貴重な示唆を与えてくれるものであると思います。そ
して、このたびの「阪神大震災」のような大災害の際に、「即座に」「必要とさ
れる」行動をとるために何が必要なのかを教えてくれます。みなさんが学生とし
てとるべき行動は、学内で義援金を集めることだけではないはずです。今、あな
たたちならではしかできないことが何であるのかを考え、そして「行動」して下
さい。それがドラッカー氏のいうところの自らが「果たしうる使命」になるので
す。
ボランティアとは
一般市民の自由な意志に支えられた社会的な活動,あるいは各種民間
団体の自主的な活動が,広い意味でのボランティア活動であるが,より
限定的には社会福祉を目的とする事業や活動をさしており,その活動を
行う人をボランティアvolunteerといっている。
(平凡社世界大百科事典より)
阪神大震災でのボランティアの活躍については、マスメディアで連日
報道されていました。本年は、日本のボランティア活動についてエポック
・メーキングな年になったようです。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
335.8 Dr 2階開架書架
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ロンドン路地裏の生活誌(上・下)
ヘンリー・メイヒュー ジョン・キャニング編 植松靖夫訳 原書房 1992
真城 知己(障害児教育講座)
19世紀後半のジャーナリスト、ヘンリー・メイヒューがロンドンの貧困地区を
まわって、そこに生活する人々の「なま」の声をまとめたものの一部で構成され
ています。ヘンリー・メイヒューのこの業績は主として社会史の領域で再評価を
されているものですが、この本の中には実に多様な人々が登場します。そしてそ
れぞれの人の声の中に、「生活をするということ」とは一体どういうことなのか、
そして、教育とはどの様な役割を担うものであるのかを考えさせてくれることで
しょう。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
233.06 Ma 2階開架書架
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ロウソクの科学
ファラデー著、矢島祐利訳 岩波書店 1982 (岩波文庫)
澁江 靖弘(自然系教育講座)
著者のファラデーは電磁気感応の発見、電気分解に関する発見、光の磁気効果
の発見、反磁性の発見などを行った19世紀の代表的な科学者の一人である。本書
はファラデーが少年少女向けに行ったクリスマス講演会の講義をまとめたもので
ある。この講義は6 講に分かれており、それぞれの題は次の通りである。
第一講 ロウソク。炎ーそのもとー構造ー運動ー明るさ
第二講 炎の明るさー燃焼には空気の必要なことー水のできること
第三講 燃焼の産物。燃焼から水ー水の性質ー化合物ー水素
第四講 ロウソクの中の水素ー燃えて水になるー水のもう一つの成分ー酸素
第五講 酸素は空気中にあるー大気の本性ーそのいろいろの性質ーロウソクから
のもう一つの産物ー炭酸ガスーその性質
第六講 炭素つまり炭ー石炭ガスー呼吸とそれがロウソクの燃焼ににていること
ー結論
ロウソクが燃えているという現象を素材にして、様々な観点から燃焼という化
学反応の特徴を、実験に基づいて解説している。そして、燃焼の化学反応から酸
素、水素、炭酸ガスの性質に話を展開している。一見、何でもないようなロウソ
クの燃焼を素材にしている点がこの本の価値を高めている。そして、身近な化学
現象を巧みに教えている様子が、本書を読むと容易に想像できる。
数式、化学式、元素記号などがほとんど用いられていない本書を読むと、理科
の深遠さとおもしろさを感じる読者も多いと筆者は思う。少年少女に限らず、理
科とは縁の遠い仕事に就いている人にも勧めたい古典的名著である。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
430 Fa 文庫・新書コーナー
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「子供の待っている一言」戸田唯巳著 明治図書ほか
菅原 稔(言語系教育講座)
以下の6冊は、いずれも難しい教育理論書ではありません。しかし、理論以前
に、その理論を必要とする教育の心を教えてくれるものです。
そして、何よりも、これらの本の著者はいずれも兵庫県内の教師によって書か
れた(戸田唯巳は西宮、東井義雄は出石)ものです。
教育を、難しい学問から真実な活動へ、そのために、ぜひ読んでいただきたい
ものです。なぜ教育が必要なのか、なぜ私は教師になるのか、教職につこうとす
る学生諸君に改めてその素晴らしさを教えてくれることでしょう。
@戸田唯巳嚴qどもの待っている一言尠セ治図書
A戸田唯巳嚴qどもの目は澄んでいる尠セ治図書
B戸田唯巳嚴闔で訴える子ども尠セ治図書
C東井義雄嚥ウ師の仕事・仕事の心尠セ治図書
D東井義雄嚴qどもを見る目・活かす智恵尠セ治図書
E東井義雄嘯「ま教師が問われていること尠セ治図書
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
子どもの待っている一言 371.45 To 2階開架書架
子どもの目は澄んでいる 371.45 To 2階開架書架
手紙で訴える子ども 371.45 To 2階開架書架
教師の仕事・仕事の心 (発注中)
子どもを見る目・活かす智恵 374.3 To 2階開架書架
いま教師が問われていること 374.3 To 2階開架書架
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『魯迅 「人」「鬼」の葛藤』
丸尾常喜 著 岩波書店 1993
鈴木 敏雄(言語系教育講座)
昨年、シンガポールの王潤華氏の『魯迅小説新論』(上海学林出版社)を見る
ことができ、とりわけその中の「魯迅『常夜灯』新論」などに見られる作品解析
の明快さ、新鮮さにいたく惹かれたが、時をほぼ同じくして出版された丸尾氏の
この魯迅に関する作品・作家論は、それにもまして目から鱗の落ちる爽快感を味
わわせてくれた。
例えば、魯迅に『阿Q正伝』という作品がある。この「阿Q」の「阿」は日本
語で言えば「〜ちゃん」というような親愛感を表す語に当たるが、「Q」の方は
魯迅によって曖昧にされている。辮髪の象形であるとか、文字を知らない阿Qが
処刑に際して残した署名(あの書き損じの「〇」)かとも考えられる。それを本
書では、「Quei(クェイ)」すなわち「鬼」の中国語音の略であると解釈する 。
中国の「鬼(キ)」は日本のあの「おに」ではない。「亡霊」、「お化け」の意
味である。とすると、魯迅は阿Qという亡霊の伝記を『阿Q正伝』というかたち
で記したことが分かる。
では、魯迅はなぜそのようなものを書いたのか。阿Qは典型的な当時の中国人
民である。人々はそのほとんどが封建時代の専政の抑圧を被り、被抑圧者階級た
るの習性から抜けられないでいる(魯迅がそれを「奴隷根性」と称していたこと
はよく知られている)。そのような人民の姿を、魯迅は伝統的な中国の「鬼」の
姿に仮託し、人民自身の眼前にさらけ出し、被抑圧者根性の地獄でもがく「鬼」
が人らしい「人」になるよう訴えかけたのである。
このような解釈が示されると、阿Qだけでなく孔乙己も『故郷』の閏土も、魯
迅の小説の登場人物のほとんどが、みな「鬼」の形象とダブって見えてくる。本
書は、そのような魯迅の作品を読み解く確実な鍵を与えてくれているとともに、
近代の中国の人々を理解するヒント、および人間探究の要点、ひいては近代文学
研究のあり方まで示唆してくれる。久しぶりに良書に出会ったという感を持たせ
てもらえること請け合いだ。それにはもちろん、肝腎の魯迅の主要作品の方をを
いくつか読んでおくに越したことはないのだが……。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
(発注中)
目次へもどる
子供の脳の栄養学 頭の良い子の育て方 C.キース・コナーズ著
中川八郎、松村京子訳 講談社ブルーバックス B−877 1991
高岡 昭(生活・健康系教育講座)
子供たちの食べる食物が、脳の発達、機能、能力にいかに強く影響を与えるか
を平易に解説している。内容は次の9章から構成されている。
1.食物は「心」と「行動」を支配する
2.1日の最初の食事はなぜ大切か
3.糖が行動や情動に及ぼす影響
4.食物と暴力
5.食事とIQと学習
6.ビタミンの大量療法(メガビタミン)
7.子供の摂食障害とストレス
8.食物は子供の行動にどう影響するか
9.結論ー子供に対して科学者の目をー
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
498.55 Co 文庫・新書コーナー
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MANGAJIN’S BASIC JAPANESE
THROUGH COMICS MANGAJIN、INC、
ATLANTA 1993 世界出版研究センター
高岡 昭(生活・健康系教育講座)
日本の漫画を用いて、日本語のニューアンスを英語で紹介するユニークな本で
ある。日本人が読んでも、外国人が読んでも楽しい教材となる。(24LESSONS)
ウィスコンシン大学のProf.Akira Miuraは次のような推薦分を記している。
"Mangajin's Basic Japanese through Comics...presents the reader with
enjoyable material as well as valuable information on Japanese Language
and culture. I recommend it highly as a reference book for learners of
Japanese."
-Prof. Akira Miura, Univ. of Wisconsin, translator & author of
several works including Japanese words and their uses.
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
817.8 Ma 2階開架書架
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「私家版日本語文法」 新潮社 1983
「自家製文章読本」 新潮社 1984
『国語元年』(戯曲「日本語の世界」第10巻所収)中央公論社 1985
「ニホン語日記」 文藝春秋 1994
井上ひさし 著
高階 時子(図書課)
私たちは、毎日、あたりまえのように日本語を話し、書いている。時には自分
の考えを表そうとして、話せば話すほど、ほんとうの気持ちとはかけ離れていく
ようで、しゃべってしまったことばを後悔することがある。そしてもちろん、母
国語である日本語で思考しているのだが、いったい日本語とはどのようなことば
なのか、今一度、立ち止まって考えてみるのはいかがだろう。
学校時代の文法の授業なんて、ただ眠いだけだった。それに古典文法の四段活
用や已然形も、外国語を学んでいるようなものだった、なんていう声が聞こえて
きそうだ。上記の本は、小説家・劇作家である井上ひさしが、日本語の変遷や文
法、外国語との比較、文章の書き方などを解き明かしていったものだ。国文法の
本や文章読本は、今までに国語学者や作家たちが数多く書いている。それに大学
入試に小論文が課せられてからは、作文技術の類のものは書店に溢れている。上
記の本が他の関連書と大きく異なるのは、述べている内容はかなり高度であるの
に、読んでわかりやすく、思わず吹き出してしまうほどおもしろいことだ。その
理由のひとつは、引用例文の豊富さ、珍奇さにある。「古事記」などの古典や詩
歌、高名な作家の作品はもちろんのこと、不動産広告のコピーや伝言板、電話ボ
ックスに貼ってあるピンクビラに至るまで、著者の手にかかれば、日本語を読み
解くかっこうの材料となる。「よい文章とは読む者に関心をもたせるもののこと
である」ということからも、読者の興味をひくような身近な用例を提示している
のだろうが、それにしても著者の博識、ことばについて探求しようとするエネル
ギーにほとほと感心する。
内外の・言語学者・国語学者・作家の代表的な著作を読破し、法廷の陳述書、
政府刊行物、複数の新聞紙や週刊誌に目を通し、広告のコピー、歌謡曲やロック
の歌詞を集め、駅前の伝言板を調べ・・・想像しただけでもめまいがしそうであ
る。
珍奇な用例は、これらの本を読んで確かめていただくことにして、ここでは、
新聞に掲載された農業白書(昭和53年度版)の内容紹介を挙げておこう。受身
形について書かれた章中の例文のひとつである。
「大規模農家を中心に、借地などによって規模拡大を図る動きが強まっている。
また、世帯主が五十歳以上で後継ぎのいない農家が約百万戸あるので、今後、中
核的農家への土地利用の集積が見込まれる」「農業を従とする第二種兼業農家は、
社会の安定層として地域社会の維持、発展に寄与することが期待される」
右の農業白書の記述がなんとなく無責任に見えるのはなぜであろうか。傍線の
部分が、
・・・と考えられる
・・・成行が注目される
・・・と思われる
・・・とみられる
・・・が思い出される
などと同じ、あの悪名高い「自然可能的な受身」になっているせいである。
「なすがまま」「なされるがまま」「自然になるようになる」といった調子で書
かれているから無責任な印象を受けるのである。危機に瀕した日本農業を、農民
と共に、死にものぐるいですこしでもましな方向へ推しすすめて行かねばならぬ
はずの農林水産省が、他人事のように、あるいは宿命論者よろしく、自然可能的
な受身表現でレポートを記す。たいした度胸であると感心せざるを得ぬ。白書ぐ
らい受身抜きで書いてみたらどうなのかね。
コメ・農業についても発言の多い著者の面目躍如。
また、著者は、「漢字のなくなる日」「漢字は疲れているか」「漢字とローマ
字」「和臭と漢臭」など、漢字について多くの章をさいている。漢字の習得のた
めに小学生の頃から多くの時間を費やすのは無駄だという漢字制限論者や撤廃論
者もあるが、表意性、映像性、造語能力を持つ漢字は、日本語の重要な部分をな
しており、それを学ぶために時間がたくさん要ることは当然ではないかと、著者
は力をこめて言う。私も、漢字の表意性や映像性が大好きなので、興味深く読ん
だ。
今では日本語の文章をいとも簡単に漢字混じり文に変換してくれるワープロが
広く普及している。このワープロの発明は、漢字が簡単に使用できるという点に
おいても、日本語にとって画期的なことではないかと思っている。ワープロを利
用することによって、難書字(こんな熟語があるかどうか)が減っていくどころ
か、かえって使いやすくなるのではないか。たとえば、私用の手紙を書く時に、
「欝」という字を使いたいと思っても、辞書をひいてまで書くのはめんどうだが、
ワープロでならこの画数の多い、うっとうしい「欝」を使うだろう。実際にむず
かしい漢字を書けなくても、ワープロを利用して、漢字を自在に使いこなすこと
ができればそれで充分だろう。(最近の漢字変換ソフトの変換能力はすごい)
これからますます日本語はおもしろくなっていくんじゃないか。とかなり楽観し
ている私は、「なんとあなたはりこうなの!」とワープロで漢字変換を楽しんで
いる。
「話すように書け」と説く文章読本が多い中、著者は次のように言う。
「話すように書くな」と覚悟を定めて、両者はよほどちがうものだというと
ころから始めた方が、ずっと近道だろう。そのとき書き手を支えているのは、自
分のなかに眠っている力を、言葉であらわすよろこびだけである。自己発見の
よろこび、文章を綴るときの援軍は悲しいことにこの一騎だけだ。そしてまた、
つまり仲間たち=読者たちは、内部にある名付られない言葉、形をなしていない
半物語をかかえて暮らしているのだが、そのもやもやに名を与え、その半物語に
形を与えるのが作家の仕事である。
『自家製文章読本』では、著者の言いたいことはこれに尽きる。読み進んでい
くにつれて、読者は日本語の深い森へ誘われ、ことばとはなんと不思議な生き物
かと、わくわくして探検したくなってくる。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
私家版日本語文法 815 In 2階開架書架
自家製文章読本 801.6 In 2階開架書架
国語元年(日本語の世界 10) 810.8 Ni 2階開架書架
ニホン語日記 810.4 In 2階開架書架
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「学校・学歴・人生 : 私の教育提言」(森嶋通夫著) 岩波書店
1985 (岩波ジュニア新書)
高須 一(芸術系教育講座)
森嶋通夫氏は、『イギリスと日本』、『続イギリスと日本』、『サッチャー時
代のイギリス』(いずれも岩波新書)の著者として有名であり、いずれかの本を
読まれた方も多かろう。氏は、京都大学卒業後、京都大学、大阪大学で教鞭を取
った後、ロンドン大学で教えた経済学者である。単にすぐれた経済学者であるば
かりでなく、政治さらには教育についても深い造詣を持っている。同時に型破り
な人物でもある。私がイギリス留学中に、在英の日本人から氏のそのような側面
について聞かされ、多くの方が氏を信頼していることを知った。また、イギリス
の音楽教育方法論やカリキュラム等を研究している私にとって、氏のイギリスの
教育論は非常に参考になった。この本は、氏の中学・高校・大学(学生・在職)
時代の生き方について半分ほどの紙幅が割かれており、先の一連の著書の読みを
深める一助となるであろう。
私は、この4月より他大学へ転勤になる。それにあたってこの本を音楽分野の
先生方に一冊ずつ寄贈しようと考えていた。この本にある「学校改革論」を読ん
で頂きたかったからである。しかし、これは余りに僭越であり、幸い「私のすす
める本」で紹介する場が与えられたので、この計画をやめることとした。
氏の学校改革論は過激であり、一見実行不可能そうですらある。しかし氏の論
の背景にある、日本の学校(特に大学)の持つ問題点の観察は鋭く、本質をつい
ている。我々が日常化してしまって敢えて問題化することもないような点を指摘
しているのだ。しかも氏の提案する教育改革の代案もまた、過激ではあるが極め
て本質的である。私は、実行可能であると考えている。氏の視点はイギリスの教
育にある(ただし、サッチャー以前ではあるが)。そのように言うと、氏の意見
は外国かぶれの理想論だ、外国の受け売りだといわれるかも知れない。しかし、
一度イギリスを訪ねてみると、イギリスの教育やイギリス人の気質から確かに学
ぶべきことは多い。だからこそ、「比較教育学」という学問領域があるのだろう。
この本は、ジュニア新書とあるように、本来、高校生程度向けに書かれている。
大学生、院生、教官には一蹴されるかも知れない。私としては、特にそのような
方にこそこの本を読んで頂きたい。そしてアンシャンレジュームを打ち壊し、学
校を変えていってほしいと願う。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
370.4 Mo 2階開架書架
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「授業づくりの心理学」
伏見陽児・麻柄啓一 国土社 1993
「間違いだらけの学習論」
西林克彦 新曜社 1994
田中 耕治(教育方法講座)
振り返って考えてみると、私と「心理学」の出合いは、不幸なものだった。
学生の頃、ひまそうに教育学部の建物あたりを歩いていると、「白衣」を着た同
級生が愛想笑いをしながら近づいてきて、「コーヒーをごちそうするから、実験
手伝ってくれへん」とやさしく声をかけてくる。相手が女子学生でもあれば断り
きれず、ついには黒いカーテンに覆われた「暗室」に座らされることになる。
そこでは、意味不明の「コトバ」を覚えさせられたり、体中に「装置」をつけ
られて「知能検査」をされた。後日、その「白衣」さんに「実験結果どうやった」
と心配そうに聞いても、ふくみ笑いされて軽くいなされてしまう。何か私の大切
なプライバシーを侵されたようで、自己嫌悪に陥ってしまったものである。私の
「心理学」への原体験は、このようにおもしろくないものだった。
それで、大学で講義を始めた今よりずっと若い頃には、「心理学」と「教育学」
の違いを語る段になると、かなりボリュームをあげて、その「違い」を強調して
いたものである。しかし、そんな「抵抗」も、とくに最近の「心理学」の動向を
かじるなかで、あまりにも浅はかなものであることに気づき出した。ここで紹介
する二つの本は、大学で「心理学」を担当する若手の研究者によって書かれたも
のであり、「心理学」がとりわけ「授業研究」にどのような示唆を与えるかを実
に興味深く語ってくれている。
『授業づくりの心理学』における「ドヒャー型」と「じわじわ型」の提唱、
『間違いだらけの学習論』における「接続用知識」の解明など、実際に授業を構
想する者にはきわめて有効なカテゴリーである。そして、このような意義ある提
起が、「心理学」を教える大学での「教育実践」の中から生み出されていること
に深く共感する。そこでは、学生は「心理学」の実験対象ではなく、「心理学」
を構築する同行者として位置付けられている。一読を勧めたい所以である。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
授業づくりの心理学 375.1 Fu 2階開架書架
間違いだらけの学習論 371.4 Ni 2階開架書架
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ガヴァネス(女家庭教師) − ヴィクトリア時代の<余った女>たち
川本静子著 中公新書1204 中央公論社 1994
田中 正道(言語系教育講座)
皆さんは「教育」に関するさまざまな研究をする大学で学ぶことになったわけ
ですが、これまで「ガヴァネス」という言葉を聞いたことがありますか。書名の
カッコ内に日本語で(女家庭教師)と示してあるので女性の家庭教師なのだとい
うことはすぐ分かりますが、われわれが日本でイメージするような家庭教師像で
よいのでしょうか。
19世紀の英国は適齢期(この言葉には若干ひっかかるものがあるが、著者が
使っておられるので・・・)の女性の数に見合うだけの適齢期の男性が極端に不
足した状況にありました。(なぜそうなったかは本書を読んで知ってほしいので
すが・・・)そのため、この時期、大量の未婚の女性ー副題でいう<余った女>
ーがいかにして生活の糧を得るかということが深刻な社会問題となっていたので
す。このような社会情勢のなか、未婚の女性がレディとしての体面をギリギリ保
つことのできた職業、それが書名のガヴァネスー住み込みの女家庭教師ーとして
の仕事だったのです。
女家庭教師は概して低賃金−<余った女>がガヴァネスの口を求めて殺到すれ
ば必然的にこうなる−、しかも家具の一部でもあるかのような扱いを受ける「気
の毒な先生」でした。子供の基礎教育のみならず、子守や縫いものまでしばしば
要求される日々、これがガヴァネスの平均的な姿だったのです。彼女たちはどの
ような気持ちでこの仕事をこなしていたのでしょう。また、彼女たちは住み込み
先の子供たちに「何」を「どう」教えていたのでしょう。
本書を読んで教育の、そして教師の「原点」を知ってほしいものです。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
367 Ka 文庫・新書コーナー
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『文学作品で学ぶ日本史』宮内正勝/安部泉 山川出版社 1986
『関東大震災』 吉村昭 文春文庫 1977
中洌 正尭(言語系教育講座)
以下に述べることは、紹介の紹介である。引用に孫引きというものがあり、引
用の引用ということで、よほどのことでないかぎり、してはならないことになっ
ている。そのしてはならないことをしているようだが、今は気持ちが先走るので
ゆるしていただく。
『文学作品で学ぶ日本史』は、国語科で教材を開発するような場合、この種の
本がよいヒントを与えてくれることがあるので、資料として買い求めていたもの
である。先般、確かめたいことがあって、この本を見ているうちに、「28 天
災から政治・社会問題へー『関東大震災』吉村昭」の項が目にとまった。
その構成は次のようになっている。
○作品紹介
○ 場面−1 解説−1923(大正12)年9月1日午前11時58分
に起こった地震の規模の大きさと建造物の被害状況
を記している。
○ 場面−2 解説−陸軍被服廠の空地に非難していた約4万人のうち
3万8000人余りが焼死したことと、その原因
について述べている。
○ 場面−3 解説−デマにつき動かされて暴徒と化した群衆の異常心理
と朝鮮人に対する差別意識が、大虐殺を引き起こし
たことを論じている。
○ 学習のポイント
○ エピソード
○ 関連年表
○ 参考図書
これらの本を取り上げたのは、言うまでもなく、この度の「阪神・淡路大震災」
に重ねてのことである。吉村 昭氏は、1月21日付けの朝日新聞に、「生かさ
れなかった関東大震災の教訓」と題する文章を記している。文章の副見出しには、
「危険な車の移動なぜ繰り返す」とある。この文章の中には、『関東大震災』の
書がどのような意図と方法で成立したかについても述べられている。
私たちは、『関東大震災』の書に、本気で「阪神・淡路大震災」を読まなくて
はならない。災害を繰り返さないためにも、災害に立ち向かって生きていくため
にも。 (1995.2.15)
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
文学作品で学ぶ日本史 210 Mi 1階開架書架
関東大震災 210.69 Yo 1階開架書架
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「保育の一日とその周辺」 津守真 フレーベル館 1989
名須川 知子(幼児教育講座)
この本は、学生でも、保育者でも、大学院生でも、研究者でも、どのような経
歴のものでも、それなりに読み応えのある書物である。実際に、3年ほど前に私
自身が読み、次に大学院生が、そして昨年は教育現場の保育者で共に読んだ。ま
た、学部3年の授業で紹介し、何人かが最後のレポート提出時にこの本を選んだ。
それぞれの立場で子どもといかにかかわるのか、ということを考えさせられる内
容である。それだけ刺激的なのかもしれない。
これから、生徒という立場から学生になり、すぐに「先生」と呼ばれる立場に
なろうとしている皆さんにとって、目の前の子どもたちにどのようにかかわって
いったらよいのか、特に実地教育では一つのおおきな課題であろう。少なくとも、
この本に書かれているような「子どもを見ないで活動だけを見る」ような実習生
であって欲しくないと願う。つまり、指導案の立て方、保育、授業の進め方ばか
り目をむけず、まず、目の前の「その」子どもに目をとめ、その子どもの気持ち
を推し量れるような教師をめざしてもらいたい。あるいは、そういった教師をみ
つけモデルとしてもらいたい、と思う。
よく泣いている子どもに先生が声をかける時、「どうしたの?」とたづねるだ
ろう。しかし、本来は原因である「なぜ泣いているの?」という意味ではなく、
「原因はわからないが、とにかくこの子どもにとって、泣くほどつらいことがあ
ったにちがいない」と思って、「どうしたの?」とたづねている場合がある。こ
の場合、具体的な原因がはっきりしてもそれほど泣いていることの解決にむすび
つかないこともある。まず、その子どもの気持ちに共感できることであろう。
確かに、だれも他の人間の気持ちを完全にわかったり、ましてや感じたりでき
るものではないと思う。しかし、相手の心を「感じよう、感じたい」という、心
持ちに近づこうとする姿勢が、ここで問われているのである。
津守氏の本は、そのような事柄について、深く鋭い、しかし穏やかなやさしい
まんざしで、ひとつひとつ私たちに教えてくれる。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
376.1 Ts 2階開架書架
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私のすすめる本 「六甲山の地理」他
成瀬 敏郎(社会系教育講座)
六甲山の地理 田中眞吾 神戸新聞社 1988
大学から遠望できる六甲山がどのようにしてできあがったのか、地質、気象、
防災、動物、植物、歴史など、瀬戸内海国立公園「六甲山」をめぐる自然と暮ら
しが平易に理解できる。
神戸の地理 田中眞吾 神戸新聞社 1984 (のじぎく文庫)
大きな地震災害をもたらした断層、自然災害、地形改変をはじめ、気候、植物、
川、居留地、商店街、住宅、都市構造、工業などあらゆる面から港町「神戸」を
紹介している。
播磨の地理 人文編 田中眞吾 神戸新聞社 1993(のじぎく文庫)
兵庫県の南西部に位置する「播磨」の農業、林業、塩業、溜め池、地場産業、
工業、商業、都市、城下町姫路、巡礼、社寺、交通などについて紹介している。
播磨の地理 自然編 田中眞吾 神戸新聞社 1994(のじぎく文庫)
播磨の地形、地質、火山灰、植物、気候などの自然について最新の研究成果を
紹介しており、播磨の自然を知るのに良い本となっている。
地図の風景 大阪・兵庫 堀淳一他 そしえて (そしえて文庫)
空中写真と随筆をまじえ、兵庫、大阪の特色ある自然、人文現象について紹介
している。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
六甲山の地理 (発注中)
神戸の地理 291.64 Ko 1階開架書架
播磨の地理 人文編 291.64 Ta 1階開架書架
播磨の地理 自然編 291.64 Ta 1階開架書架
地図の風景 大阪・兵庫 291 Ch 1階開架書架
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心理療法に興味のある方に
西出 隆紀(生徒指導講座)
心理療法の「知識」が学べるというより、「心理療法ってどんなふうに進むの
かな」ということがわかる本を選んでみました。心理療法を学ぼうという人には
入門的、興味のある人には1つの読み物として。
1.「れとると」 なだいなだ著 角川文庫 1975(絶版かも知れません)
これは完全な小説なので読みやすいと思います。「れとると」と「トンネル」
の2本が入っており、前者は精神療法過程で出てくる転移の問題が中心に扱われ
ています。後者は弟を殺した女性の内面を描き出し、人間の無意識に潜む禁忌と
それを破る衝動の問題に迫っています。手軽に読めるものの内容は相当重たく
(といっても、その重たさがわかるにはかなりの心理臨床経験が必要ですが)、
特に表題作を読むと治療関係の難しさを痛感します。
2.「ある精神分析家の告白」 スト−リン著 岡野憲一郎訳 岩崎学術出版
1993
この本には精神分析家であるスト−リン博士が精神分析の過程で考えたり感じ
たりしたことを率直に書いています。逆転移感情も含めた分析家の生の証言なの
ですが、文章自体が非常に読みやすく小説風になっていて精神分析療法とはどん
な過程をたどるのかということが読んでいるうちにわかってきます。
3.「精神分析覚え書き」 前田重治著 岩崎学術出版
前田先生がご自分の教育分析経験(しかも分析者は古沢平作先生)をまとめら
れた異色の書。極めて個人的でしかも他人に明かされることが滅多にない教育分
析の過程を当時のご自分の生活や思いを織りまぜて描いている。全出の2つに比
べ、少し精神分析の専門用語が多く、全くの初心者には少し読みづらいかも知れ
ない。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
れとると(なだいなだ全集 3) 918.68 Na 2階開架書架
ある精神分析家の告白 146.8 St 1階開架書架
精神分析覚え書き (発注中)
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大作曲家の知られざる横顔 渡辺学而 丸善
1991 (丸善ライブラリー)
野村 泰敏(自然系教育講座)
”大”の名でよばれる人は大層えらくて近より難いと思いがちだが、凡人と同
じでケチであったり、字が下手であったり金もうけをしたりすることもあり親し
みがもてる。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
726.8 Wa 2階開架書架
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エイズ発症・その生と死を語る
サン・グラフ
原田 碩三(幼児教育講座)
このVTRは、HIV検査の大切さ、エイズの夫と共に生きた若い夫婦の生き
ざま、「もう死んでいいよ」といえと妻にいった、素晴らしい医師との出合いな
ど、人間のきずなの深さと生き方を語ってくれる。
エイズを主題とした映画
フィラデルフィア(米)
エイズ患者と裁判
ロングタイム・コンパニオン(米)
エイズ患者の友情物
野生の夜に(仏)
監督自らがエイズで亡くなっている
ムーンリットナイト(米)
エイズ患者とその恋人
わたしをだいてそしてキスをして(日)
日本映画
運命の瞬間 そしてエイズは蔓延した(米)
ドキュメント風映画
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
498.6 Ei 特殊資料室
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「ナチ占領下のパリ」 長谷川公昭 著 草思社 1986
原田 智仁(社会系教育講座)
大方のフランス人にとって、第二次世界大戦は屈辱以外の何ものでもなかった
ろう。ドイツ軍の西方進撃開始後、わずか1ヵ月で降伏、国土の大半が占領され、
ペタン元帥のヴィシー政府もドイツの傀儡と化してしまった。それはまさに「わ
が国の歴史から抹殺すべき4年間」(検事総長モルネ)であった。だが、抹殺す
ることも忘却することもできないことに気づいたとき、フランス人はレジスタン
ス神話をつくりあげたのである。
「神を信じたものも/信じなかったものも/二人のどちらもあざむかなかった
/祖国の名を繰り返し/彼らの血は流れる/同じ色/同じ輝き」「ルイ・アラゴ
ンの詩は全世界の人々に感動をもって迎えられ、フランス人とレジスタンスとい
うことばは、何の疑いもなく結びつけられることになった。
しかし、神話はあくまでも神話である。いつの時代、どこの世界でも、権力者
に取り入って甘い汁を吸おうとする者は必ずいるし、内心の反発を隠して勝者の
前に沈黙する者も決して少なくない。ことに庶民はそうである。フランスの歴史
家H・ミシュレによれば、パリ地区の対独抵抗運動家の数は2万人程度であり、
それとほぼ同数の積極的な対独協力者がいたという。2万人というのは、当時の
パリ地区総人口の約 0.5%であり、占領末期になってこの割合が増加したとして
も、全体からすればごくわずかであったことがわかる。
したがって、占領下のパリないしフランスをレジスタンスの側面からのみとら
えていたのでは、事実の半面を見落とすことになろう。フランスでも、大戦終了
後半世紀近くをへた今日、いかに屈辱の時代であろうと、事実は事実として伝え
ねばならないとの認識が強くなり、当時の市民生活の実情を紹介する文献が続々
と出版されるようになってきた。本書も同様の問題意識に立ち、最新の文献や証
言をもとに、フランス人の対独協力の事実をできるだけ明らかにしようとする。
そして、その事実をいくつかのエピソードとして織りこみながら、全体を「ナチ
占領下のパリ」という一つのオムニバスに仕上げたのである。
本書は歴史研究の書であると同時に、人間研究の書である。著者も述べている
ように、平和な日常が崩れ、屈辱と苦難のどん底につき落とされたとき、人がど
んな生き方を選ぶのか、まことに興味深い。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
(発注中)
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私がすすめる本 「世界科学史百科」他
広瀬 正美(副学長)
世界科学史百科図鑑 全6巻 I.B.コーエン 原書房
1993ー94
教養としても将来理科教師としても大いに役立つものである。広く科学史を通
し、古代から現代までの科学知識を図解をもって説明を補いながらわかり易くし
たものである。
21世紀社会と原子力文明 藤家洋一 日本電気協会新聞部
1992
著者は、21世紀に向かって、「人工」、「エネルギー」「環境」が問題とな
ることを指摘している。これら諸問題をどのように調和させるかを論じている。
この調和をどのように保っていくのかが、人類の未来を掛けた選択であると論じ
ている。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
世界科学史百科図鑑 402 Ma 2階開架書架
21世紀社会と原子力文明 (発注中)
目次へもどる
ギリシア詩文抄
北嶋美雪 編訳 平凡社ライブラリー 1994
藤縄 千艸(芸術系教育講座)
古代のギリシア人が後世に残した文化は、大別すれば、建築、彫刻などの造形
芸術と、文字によって書き記された広義での文学作品との二つから成ります。概
して言えば、いずれもイタリアのルネサンスにおいて再発見され、それ以来、西
洋の近代文化の形成に大きな影響を与えました。
ところで、上記のギリシア文化の二つの構成要素は、それぞれ研究の方法も異
なります。一方は、考古学者や美術史家が扱い、他方は古典文学者が扱います。
一方は、今日では、ギリシアの遺跡や西洋諸国の美術館などを訪れて、比較的容
易にその実物に接することができるようになっています。私自身も、美術史家の
立場から、見学してまわった経験を生かして研究や講義をしています。ギリシア
の人物像は表情が豊かで、何かを語りかけているようなものが多いのですが、実
際に言葉では何も語ってはくれません。そのような古代のギリシア人の声を聞き、
美術作品をよりよく理解するためには、ギリシア人の遺した古典を読まなければ
なりません。しかし、古代のギリシア人の遺した書物のうち、重要なものだけを
読むとしても、多分、一生かかってしまうでしょう。ですから、もっとも有名な
作品、ホメロスの『オデュッセイア』とか、ソフォクレスの『アンティゴネー』
とか、プラトンの『饗宴』とかだけでも読んでみるべきでしょう。しかし、それ
だけではギリシア古典の多彩な豊かさが、充分にはわかりません。多くの古典の
中から、興味深い箇所を集めたAnthologyを読んでみるのも、一つの早道だと思わ
れます。この種の便利な本は、既に古代の末期からいくつも作られていたのです
が、ここで取り上げたものは、日本人の手になるものです。叙事詩、叙情詩、悲
劇などはもちろん、哲学書や歴史書、動物誌などからも、興味深い箇所が集めら
れています。その内容の豊かさに驚くでしょうが、決して大部の本ではなく、容
易に通読することができます。
本書は1984年に出版されたものですが、1994年に改題して再出版されたもので、
行き届いた解説もついていますから、内容については、これ以上説明する必要は
ないと思います。人間精神の表現手段としての文学と美術の関係を考えてみるの
は、大切なことです。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
991 Gi 2階開架書架
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わくわくミュージアム
−子どもの想像力を育む世界の86館−
大月浩子著 婦人生活社 1994
藤縄 千艸(芸術系教育講座)
英語のミュージアム(Museum)という言葉は、学芸を司る9人の女神ムーサイ
(Mousai)に捧げられた聖域、ムーセイオン(Mouseion)に由来し、前3世紀、
エジプト王プトレマイオスT世によってアレクサンドリアに創設された学術研究
所(Mouseion)が、今日のミュージアムの元祖だと言われています。従って本来
は、純粋な学問の研究機関を意味していたわけです。ロンドンの大英博物館をは
じめ、伝統を誇る各地のミュージアムの堂々たる古典主義様式の建物は、それを
象徴しているかのようです。
日本語のミュージアムとは、博物館と美術館を含み、蒐集品の保存、調査研究、
展示が主な仕事とされています。一般には、その展示品を静かに鑑賞する場所で
すから、子ども連れで行くのは憚られる雰囲気です。しかし近年、豊かな文化遺
産の宝庫であるミュージアムは、後を引き継ぐ子どもたちのための文化教育の一
環としても役立つべきであるとして、その方法がいろいろと試みられています。
今やミュージアムは、明るいモダンな建物の中で、大人も子どもも五感に働きか
ける体験を楽しむ場所であり、その中で、人間の想像力や英知や、自然の偉大さ
を味わう場所として、注目されてきています。
本学の芸術系教育講座でも、美術教育に果たす美術館の役割についての修士論
文なども出ており、すでに新しいミュジオロジーは、私どもの重要なテーマにな
っております。
この本は、ミュージアムの伝統と格式の中に新風を求めるイギリス、多民族国
家の文化の中で個々のアイデンティティーの確立を目指す新ミュージアム大国ア
メリカ、そしてかってはイギリスに学び、その後はアメリカから大きな刺激を受
け、そのあるべき姿を模索する日本のミュージアムの実情を、現場体験をもとに
編集した、楽しい案内所です。美術館に限らず、科学博物館や交通博物館から動
物園や植物園まで、幅広いミュージアムが紹介されており、楽しみながら、子ど
もたちと共に、読み進めることのできる本だと思います。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
706.9 Ot 2階開架書架
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豊かな「語り聞かせ」「読み聞かせ」をおこなうために
−音声言語を重視した国語科指導を求めて−
堀江 祐爾(言語系教育講座)
●「文化=文字」の図式からの脱却
四方を海に囲まれた国である日本では、昔から中国や朝鮮半島、そして西洋諸
国から文書を取り寄せ、それを通して文化を学び続けてきた。そのため、「文化
=文字」という図式がわれわれを支配しており、国語教育においても、書きこと
ばを扱う分野、つまり文字を読むこと、文字を書くことが重視されてきている。
今でも、われわれはこの「文化=文字」という図式からなかなか抜けきれない
でいる。この呪縛から脱却するには、意識的に話しことばを扱う分野、つまり声
に出して話し、読むこと、声を通して聞き、理解することに力を入れる必要があ
る。
「語り聞かせ」「読み聞かせ」
学校の教室において「文化=文字」からの脱却を図る第一歩として、「語り聞
かせ」「読み聞かせ」をおこなうことを勧めたい。
そこで、東(東京都)と西(兵庫県)で、「語り聞かせ」「読み聞かせ」を長
い間実践してこられたお二人の書物を、「わたしのすすめる本」として取り上げ
ることにした。
松岡亨子さんは、アメリカのストーリーテリングの理論から学びつつ、「語り
聞かせ」の実践をおこない、それをまとめた多くの著書を、「東京子ども図書館」
から刊行している。その中から、今回は『話すことT−よい語り』『話すことU
−お話の実際』を紹介しよう。
●「よい語り」の条件
松岡さんは「よい語り」の条件として次の3つを挙げている。
1.語り手の気持ちがこもっていること
(語り手が、自分が語っている物語を好きだと思っている気持ち、その物語
に心動かされ、それを人に伝えたいと思っている気持ちが、語りの中にたし
かに感じられること)
2.らくに聞けること
(聞き手をくつろがせ、らくな気持ちにさせること)
3.物語が見えること
(語り手が話の中の情景をすみずみまで鮮明に感じとり、そのイメージを生
き生きと再現しつつ語ること)
この3つすべてがそろってこそ、教師の語り聞かせが、豊かな話しことばの具
体例として、児童の中に染み込んでいくのである。
●もう2つの「よい語り」の条件
さらに、もう2つの条件がつけ加えられている。
4.簡潔さと誠実さ
(技巧にとらわれず、聞き手にこびず、相手が子どもであるからといって甘っ
たるくならず、いつも物語と真正面から取り組んで、まっすぐに語ること)
5.物語の持ち味を生かすこと
(語る物語に合った語り方、その持ち味を生かした語り方をすること)
特に、4の「聞き手にこびず、相手が子どもだからといって甘ったるくならず」
の部分は、教師にとって非常に重要なことがらである。
●「よい語り」の実現のために
本書では、「一、よい語り」でこうした条件が示され、そうした語りを実現す
るためにはどうすればよいかが、次のような構成で述べられている。
二、声について 三、発音とリズムについて
四、速さについて 五、動きと表情について
六、物語の性格とそれに合う語り 七、よい語りを目ざして
『話すことU』においては、実際の語り聞かせの手順を踏みながら、話し手が
おこなうべきことがらが具体的に示されている。
一、お話のじかん 二、お話のへや
三、お話のまえ 四、お話がはじまる
五、お話のあと
例えば、「一、お話のじかん」では、時間をきめてする/なるべく週一回/一
回のお話のじかんは半時間くらい/プログラムの組み方/特別なプログラム/聞
き手を年齢でわける/人数は十五人くらいから二十人くらい、というように非常
にきめ細かな配慮がなされた内容になっている。
●教室の子どもたちとのひびきあい
高山智津子さん編著の『読み聞かせで育つもの』は、実際に学校の教室でどの
ように「読み聞かせ」をおこなうかを扱ったものである。
『読み聞かせで育つもの』という書名であるが、「読み聞かせで育つもの」は
明らかにされていない。そのわけは次の言葉に集約されている。
「読み聞かせが、共感を育てる、ことばをゆたかにする、イメージをゆたかに
する、創造力を培うということなど、このうちひとつでも納得できたら、まず実
践することが大切ではないでしょうか。(中略)私も実践がはじめでした。読み
聞かせで育つものは何か、それが証明されてから、おもむろに実践というのでは
ありませんでした。
とにかく、一冊読んでみる。子どもに、本のなかの世界を体験させてみること
です。そうすれば、子どもの笑顔に、子どものため息に、子どものかがやく瞳に、
感動するでしょう。そしてきっと、読み聞かせをつづけたくなると思います。
そうなると、読み聞かせで育つものは何かと問うこともなく、親と子のひびき
あい、教室の子どもたちとのひびきあい、人と人とのひびきあいが快感となりま
す。」
●実際の「読み聞かせ」の記録
本書には、実際に教室でおこなった「読み聞かせ」の実例があふれんばかりに
紹介されている。1・2年の2年間に教室で読み聞かせをおこなった詳細な記録
の中から、1年生の5月の記録を示そう。(原著にはあった曜日と翻訳者名、出
版社名は省略した)
5月1日 こいのぼり 長谷川摂子
6日 ロージーのおさんぽ パット・ハッチンス
7・8日 はははのはなし かこさとし
9日 どうやってみをまもるのかな やぶうちまさゆき
11日 ごちそうみつけた 石部虎二
12・14日 もぐらとじどうしゃ エドアルド・ペチシカ
15日 おやつがほーい どっさりほい 梅田俊作・佳子
16日 なにのこどもかな やぶうちまさゆき
18日 どうしたのだいちゃん 山本まつ子
19日 ごきげんななめのてんとうむし エリック・カール
20日 はらぺこあおむし エリック・カール
21日 ごちゃまぜカメレオン エリック・カール
22日 おおきいちいさいぞう 寺村輝夫
23日 ぼくのながぐつ かさのゆういち
25日 これはのみのぴこ 谷川俊太郎
26日 もしもぼくのせいがのびたら にしまきかやこ
27日 ぼくのにんじん ルース・クラウス
28日 いそがしいよる さとうわきこ
29日 なかよしねこちゃん 佐藤裕作
30日 あめのひはいいてんき 川崎洋
【取り上げた本】
松岡亨子著、『話すことT−よい語り』1991年、550円、『話すことU−お話の実際』1972年、350円、東京子ども図書館(〒176 練馬区豊玉北1-9-1フォレストハイツ311号TEL03-3948-4516)
高山智津子編著、『読み聞かせで育つもの』、1992年、神戸新聞総合出版センター、1300円
※この原稿は、『月刊大書』(1994年第3号)に載せた文章を一部修正したものです。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
話すことT−よい語り 015.8 Ma 1階開架書架
話すことU−お話の実際 015.8 Ma 1階開架書架
読み聞かせで育つもの 019.2 Ta 1階開架書架
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囲碁の民話学
大室幹雄 せりか書房 1977
前田 貞昭(言語系教育講座)
新しい知見や理論の動向に詳しく、私の知的ナビゲーターの役をしてくれた、
学部・大学院を通じての友人がいた。
大学院修了後、郷里近くで高校教師をしていたかれは、私が兵庫教育大学に移
ることになった年の夏、癌で亡くなってしまった。年が明けてまだ寒い頃、当時
住んでいた岐阜から九州の入院先まで見舞いに行ったのが最後だった。寝台列車
で駅に着いた朝、新聞で磯田光一の訃報を知ったのが悪い予感のようであった。
そして、同年夏、彼が好きだった渋澤龍彦が死に、同じ季節に彼も死んだ。
いま、かれが生きていれば、学生向け推薦図書を教えろといった手紙でも書き
いが、代わりに、その頃かれに薦められた一冊を紹介しよう。
かれには渋澤龍彦などというアブナイお兄さんの趣味もあったが、専攻する中
国哲学に関わって薦めてくれたのが、「囲碁の民話学」である。
既に日本教文社のユング選集があったにしても、多少神秘的でキワモノ臭いC
・G・ユングの仕事が現在ほど広く知られるようになったのは、この頃に登場し
た河合隼雄の力によるように思われる。もちろん、通っていた田舎大学の文学部
でユングに関する講義などがあったわけではない(その頃50代だった私の恩師は、
それよりも随分以前、ユング理論を発想の背景にした論文を書いていたので舌を
巻いたが)。新しいものにどれほど頭脳が開かれているか、私は、年を取れば取
るほど疑問に思う。昔若かった大学教師など当てにしないで(私の恩師のような
「化け物」は例外だろう)、むしろ、知的関心を同じくする同世代の友人の言を
信頼した方がよい。
書名に「囲碁」の文字があり、何を誤解したか囲碁評論家なる人物が序文を書
いているが、「囲碁」の本ではない。碁というゲームにまつわる様々な「物語」
を素材にして、ユング心理学を用いながら書かれた民俗学の書物で、こんなもの
が「学問」かと言うほど面白いことは保証しておこう。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
795.04 Om 2階開架書架
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わかりやすい意志決定論入門ほか2冊
松本 伸示(自然系教育講座)
わかりやすい意志決定論入門 基礎からファジイ理論まで
木下栄蔵 啓学出版 1992
情報が複雑に絡み合った現代社会ではいかに自分を知り意志決定を行っていく
かということは重要な問題となってくる。本書は現代のシステム理論をわかりや
すく紹介し、意志決定のための方法論を解説している。
知とは何か 三つの対話 P.K.ファイヤアーベント著 新曜社
1993
本書は科学論において急先鋒として活躍するファイヤアーベントの最新の著作
である。現代の最先端の知識論に挑戦してみてはどうか!
Science in action 科学する心を磨く65話
John Lenihan他 オーム社 1992
理科嫌い、理科離れが顕在化する今日、本書は科学する心をもう一度取り戻さ
せてくれる楽しい科学逸話が紹介されている。高校の時、理科に苦しめられた君
もこの本を読めば理科が好きになるかもしれない?
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
わかりやすい意志決定論入門 417 Ki 2階開架書架
知とは何か 三つの対話 104 Fe 1階開架書架
Science in action 404 Le 2階開架書架
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逆説の日本史 1−2巻 小学館 1994
井沢元彦著
松本 ミサヲ(芸術系教育講座)
私達は、ややもすると、歴史を学ぶ場合に、いわゆる一次資料の記述を「その
ままに」理解し、解釈することのみを目的とすることが多い。その際、その資料
にさらに深い背後を見落としがちである。さらに、歴史学者による文献類のみに
しか学問的価値を認めようとしない傾向があるが、作家井沢元彦によるこの書物
は、そのような傾向に真正面から対決する姿勢で書かれたものであり、それだけ
に私の歴史に対する認識を完全に変えたと言っても過言ではない。同時に、日本
ではこれまで等閑視されがちであった霊、特に怨霊に対する考え方や宗教観が、
日本古代の歴史と文化史では大きな意味を守っていることを、改めて意識させら
れた。
著者はまず、争いが絶えなかった古代律令国家時代の日本では、戦いに敗れた
者の怨霊を鎮めることが、為政者の最大の仕事であり、平城京に都が固定されれ
まで、各地に都が移転した原因も、穢れた土地を離れたいという意志が作用して
いたことを教えてくれる。さらに、「聖徳太子」、「崇徳天皇」、「称徳天皇」
など、「徳」という文字が使用された天皇や王子の称号にはすべて、鎮魂の意味
がこめられていた、という視点は、私には非常に斬新なものとして映った。つま
りこの時期の日本史に、改めて「怨霊」、「鎮魂」というファクターを導入する
ことによって、全く新しい視点から見ることが可能となるのである。
現在『逆説の日本史』は、上記2点、古代編と中世編しか出版されていないが、
それ以降についても出版予定と聞く。歴史としての体系はやや欠くものの、文章
も平易で、読み物としても面白く、それでいて新しい歴史的観点を与えてくれる
ものとして推薦したい。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
逆説の日本史 1巻 210.3 Iz 1階開架書架
” 2巻 210.3 Iz 1階開架書架
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「音と映像による世界民族音楽大系」
藤井知昭監修 日本ビクター
水野 信男 (芸術系教育講座)
異文化を理解する、とは何を意味するのだろうか。つきつめればそれは、自分
自身を知るために自分以外の人間を知らねばならないということだ。たしかに、
他民族のはぐくんできた文化の総体を的確に把握するのは、それほどたやすい仕
事ではない。だがそうした知的アプローチによって、私たちは他者が自分とは異
なった存在であることを理解し、なおかつ彼らが自分と同等の価値と権利をもち
あわせているのに気づく。
このことはまた、民族と音楽のかかわりについてもいえる。事実、民族音楽学
は、このような文化相対主義の立場にたっているのである。
本大系は、私も所属する国立民族学博物館・共同研究会の協力のもと、世界
100カ国、全500曲の音楽・舞踊・芸能などを、収録時間30時間(ビデオ
カセット30巻)におさめ、それに詳細な解説書を付したものである。すでにそ
の解説書は英訳され、本大系は国内にとどまらず、ひろく世界各国で鑑賞されて
いる。音楽をとおして異文化を、民族を、そして人間を知ろうとするとき、それ
はどこからひもといても、いくらかの興味深いきっかけを、私たちに提供するだ
ろう。
実は現在、大系の続編「新・音と映像による世界民族音楽大系」が刊行中で、
私は将来、この新大系も特殊資料室に購入・配架されることを願っている。そう
することで、音楽による異文化理解は、ますます至便になるはずだ。
オランダの学者ヤープ・クンストの著書「民族音楽学」(1959)の巻頭を
飾るゲーテの詩は、こう語っている。
己自身と他者とを知るものは皆/ここに気づくであろう
西洋と東洋とが/分かちがたくなったことを
思索にふけって二つの世界を揺れ動くこと/それは私にとって価値あることだ
かくして、東と西のあいだを行き交うこと/それが最上なのだ
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
762 Ot 特殊資料室
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『からだの教養』
丘沢静也 晶文社 1989
森田 啓之(生活・健康系教育講座)
このタイトルと著者を見て、次のように以外に思う人が多いのではないでしょ
うか。まず、〈からだ〉と〈教養〉? 知的でないものと知的なものの代表のよ
うなこの両者がなぜ一つの熟語として使われているのだろうかと。また、M.エ
ンデの作品の翻訳で知られるような、文学を専門とする人が、なぜこのようなタ
イトルの本を出しているのかと。私自身も一昨年に書店で偶然この本を目にした
とき,どうも私と同じ専門(私の専門は「体育・スポーツ科学」と呼ばれる領域
ですが)の人ではなさそうだが,どんなことを書いているのだろうかと興味本位
で手にした程度でした。
目次を一見すると分かりますが,実際のところ、この本はからだや運動・スポ
ーツを直接のテーマとしたものではありません。詳しいことは皆さんの読解にゆ
だねますが、端的に言うならば、まさに教養について考えている本であって、そ
のヒントが「からだ」であると言えるでしょう。取り上げられているテーマとし
ても、グリム童話,エンデのファンタジー,マーラー音楽さらには哲学者ヴィト
ゲンシュタインなど多岐にわたっていますが、その中に教養的な見方・生き方に
ついて思索している彼の姿が文学的に表現されています。
もちろん、各々のテーマ自体が興味深い内容を有しているので,それらをきっ
かけとしてさらに読み進めたい本を見い出すことも可能ですが、この本を通して、
「教養」という分かっているようで分からないものについて、改めて深く考えて
くれることを期待しています。
最後に,著者自身の言葉を引用してみましょう。
「走る。泳ぐ。からだを動かしていると,自分が世界の一部だと感じること
ができる。そして,このフィットネスのスタイルが,単に身体だけではない,
いま,いろいろな場で必要ではないか。」(表紙より)
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
914.6 Ok 2階開架書架
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『対話する人間』
河合隼雄 潮出版社 1992
森田 啓之(生活・健康系教育講座)
本書は,臨床心理学者として著名な著者が過去にいろいろな機会や場所におい
て発表,掲載してきたものが一冊にまとめられたものです。正直なところ私自身,
まずこの書名にひかれ,その意図を説明した「あとがき」の内容に共鳴して衝動
的に購入した部類の本です(ちなみに私は専門書以外のものは、書名、目次、あ
とがきの部分を「立ち読み」してから買うかどうかを判断してます)。
扱われているテーマは,子育て,家族,父親,遊び,生き方,教育,スポーツ,
日本人,読書,絵本など多岐にわたっています。もちろん,皆さんにとって実感
のわかない内容も若干あるでしょうから,読みとばしても結構(そこが,このタ
イプの本のとっつきやすさでしょう)と思いますが、全体をつなげて解釈してみ
ると,テーマこそ多様ですが、そこには教育についての示唆が直接的あるいは間
接的に盛り込まれていると読みとることも可能です。その意味では、教育につい
て考えるための入門書的な役割を果たしてくれると思います。また、読みやすさ
という点でもうってつけで、しばしの時間あるいは寝床に入って、1つを読むの
にそう時間はかかりません。そのわりに,読み方によっては問題意識を広げたり,
深めたりしてくれるでしょう。
著者もまさに「あとがき」で述べているように,できるだけ各々のテーマと
「対話」をし,さらにこれを契機としてその対話のレベルを深めていってもらえ
れば幸いです。最後に、この本の内容に限らず、大学生活において大いに「対話」
することを期待しています。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
914.6 Ka 2階開架書架
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百鬼夜行の見える都市
田中貴子 新曜社 1994年3月刊
山口 眞琴(言語系講座)
著者自ら「あとがき」に語るように、この書物のねらいは、鬼や怪異を通時的
に網羅し体系化するような従来の研究批評では見えてこないものを、あらわにし
ようとしたことにある。そこで用意されたのが、<都市>という問題の枠組み。
それに基づき、主に平安京・京都に頻出し「百鬼夜行」と呼ばれた怪異現象が、
<都市>のメカニズムや文化的な運動のなかに位置づけなおされる。あらたな都
市論として読むべき刺激的な論考だが、しかしこの書物のもうひとつの魅力は、
怪異を「見る人」という受け手を伴ってはじめて発現するものであるとする視覚
から、目に見えぬ怪異=鬼という実体のない恐怖より逃れようと、その可視的な
イメージ化からついに形象化にいたる人々の<心>の動きを、じっと見すえたま
なざしに求められようか。
その意味で興味ふかいのは、『蜻蛉日記』をはじめとする古典に出、和歌にも
詠まれた表現「心の鬼」をめぐる巻頭の論だろう。通常「疑心暗鬼」の和語と解
釈される「心の鬼」とは、ほんらい不可知の領域であった<心>の奥底にひそむ
闇の部分=邪心を、「鬼」という象徴的な記号によって名づけたもので、その前
提にある<心>に対する畏怖や不安の念が、「心の鬼」の実体的な他者化、あの
モノノケなどをもたらした源とされる。当然、怪異現象としての鬼の可視化・形
象化もそこまで遡る。うすうすは察知できたとしても、それらを本格的に論証す
ることの難しさに思いをよせたい。
今もこれからも最も怖いのは、自らの<心>の奥底をのぞき見ることであり続
ける。(以下、ほかの同じ著者の本、最近の入手しやすい関連書物をいくつか挙
げて、併せ読まれることをすすめる。)
田中貴子『<悪女>論』紀伊国屋書店
同 『外法と愛法の中世』砂子屋書房
小松和彦『新編・鬼の玉手箱』福武文庫
村山修一『変貌する神と仏たち』人文書院
広川勝美『深層の天皇』人文書院
中川 真『平安京 音の宇宙』平凡社
高橋昌明『酒呑童子の誕生』中公新書
大和岩雄『鬼と天皇』白水社
深沢 徹『中世神話の煉丹術』人文書院
伊藤喜良『日本中世の王権と権威』思文閣出版
『図説・日本の妖怪』河出書房新社
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
百鬼夜行の見える都市 (発注中)
<悪女>論 910.4 Ta 2階開架書架
外法と愛法の中世 910.24 Ta 2階開架書架
新編・鬼の玉手箱 380.4 Ko 2階開架書架
変貌する神と仏たち (発注中)
深層の天皇 913.36 Hi 2階開架書架
平安京 音の宇宙 761.1 Na 2階開架書架
酒呑童子の誕生 388.1 Ta 文庫・新書コーナー
鬼と天皇 210.04 Ow 1階開架書架
中世神話の煉丹術 289.1 Fu 1階開架書架
日本中世の王権と権威 210.4 It 1階開架書架
図説・日本の妖怪 388.1 Zu 2階開架書架
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蓮實重彦・山内昌之編『いま、なぜ民族か』
(東京大学出版会、1994)
山崎 弘行(言語系教育講座)
冷戦構造が解体して、民族間の紛争が国際社会の深刻な問題となっている。本
書は、世界の民族問題を理解し、解決する方法を模索した論考を集めたものだ。
執筆者は、ほとんどすべて地域文化の研究者。きわめて刺激的な論集である。こ
の論集が刺激的であるのは、なにも今日的な問題を扱っているからではない。ど
の論考にも、従来の民族問題にたいする姿勢と方法を批判し、新しい解決方法を
探求する強い意欲が感じられるからだ。そこでは、民族問題にたいして虚無的で
無関心になる傾向や、客観的実証主義や、経験主義や、原初主義が批判のやり玉
にあげられている。しかし、なんといっても、論者たちの最大の攻撃目標は、最
後にあげた原初主義である。原初主義とは、各民族が遠い昔から恒常的な固有の
民族性を継承しているとみる立場である。この伝統的な方法では、冷戦後に激化
しはじめた民族問題を十分に理解し、解決することはできないのである。原初主
義の代案として論者たちは「道具主義」を提案する。これは、民族性の現象とい
うものを、「表象の専門家たち」(=民族運動を指導する知識人たち)が、歴史
上のある段階で想像(=創造)した言語表象にすぎないとする立場である。その
顕著な特徴は、言語からなる民族表象とその系譜を分析することにある。民族紛
争は、紛争当事者がみずからの民族性を盲信することに由来することが多いが、
道具主義は、この民族性そのものの起源を暴露し、相対化することをめざすので
ある。これは、道具主義の名にふさわしく、きわめて実践性に富んだ方法である。
もとよりその有効性にはおおいに議論の余地があるだろう。だが、本書が民族問
題を根源的に考えるための有力な手がかりを提供していることは確かである。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
316.8 Im 2階開架書架
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柳原和子『「在外」日本人』(晶文社、1994)
山崎 弘行(言語系教育講座)
本書は、著者柳原氏が40カ国65都市を足かけ4年間かけめぐり、それぞれ
の地で生きる日本人のなまの声を記録し編集したものである。ここには、全部で
108人の海外生活者たちの異国と日本への正直な思いが、上質の文章によって
再現されている。登場する日本人は、北京の自動車製造工場の技術者から、パリ
のルイ・ヴィトンの店員にまでおよぶ。全員が長期滞在者で、現地の実状に精通
している人たちばかりであるが、その経験と思いはあまりにも多様である。この
書からいかなる包括的な在外日本人像を描き出すかは、読者の問題意識のあり方
にもよるだろう。筆者自身の念頭には、読後、「勤勉実直」「誠意」「まじめ」
という3語が浮かんだのではあるが...。いずれにせよ、本書は、文字通り足でか
せいたインタヴユー・ノンフィクションである。平均的な日本人が抱きがちな異文
化にたいする甘い幻想をかなぐり捨て、その異質性を痛感しながら真剣勝負の毎
日を送る在外日本人たちの現状を、類例のないほど生き生きと伝えている。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
334.4 Ya 2階開架書架
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エリザベート ハプスブルク家最後の皇女
塚本哲也 文芸春秋社 1992
渡邉 正樹(生活・健康系教育講座)
ウィーンの森の観光ツアーの中には、マイヤーリンクの館を立ち寄るコースが
含まれている。ここはオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子ルドルフが愛人と
心中した場所として知られているが、本書の主人公エリザベートはこのルドルフ
とステファニー妃との間に生まれた一人娘である。時代は19世紀後半から20世紀
半ば、2つの大戦に挟まれてハプスブルク帝国が崩壊するというヨーロッパの激
動期であった。エリザベート自身も父親の心中、祖母の暗殺を経て、広大な領土
を持つ帝国の皇女から一市民へ、さらに社会民主党の党員へと立場を変えていく。
話はエリザベート中心に進んでいくが、20世紀前半のウィーンにはその後のヨ
ーロッパの運命を大きく左右する人間達も登場する。美術学校入学を目指すヒト
ラーは、ウィーンでその後の政治思想を養い、トロツキーやスターリンがロシア
より逃れてきた先もウィーンであった。またチトーもまた当時のウィーン市民で
あった。 汎ヨーロッパ運動の中心人物カレルギー(母親は日本人)は実際にエ
リザベートと交流のあった人物で、その後のヨーロッパのあるべき姿をいち早く
提示した。
このように本書は20世紀前半の混沌としたヨーロッパの姿を知るためにも役
立つはずである。
ところでハプスブルク帝国は、崩壊すれどもロシアのロマノフ王朝のように悲
劇的な最後を遂げることなく、いまなおその影響力を保っている。王室の子孫の
一人であるオットー・ハプスブルクがドイツ統合に一役買ったり、また今も旧ユ
ーゴ紛争の仲裁にハプスブルクが動くという話もある。昔より戦争を好まず、積
極的にユダヤ人を擁護したルドルフのように特定の民族を虐待することなく、閨
閥によって平和的に領土を広めていった帝国には、今なお人々は敬愛の念を抱い
ているようだ。
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
913.6 Ts 2階開架書架
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『聖なる予言』は予言ではなく生きて行く為の智恵である
渡邊 裕子(学校教育研究センター)
本来、書物は他人に勧められたから読むというものではないと考えている。自
らにとって必要な時に、必要な書物が現れて読まずにはいられないという気持ち
にさせる。その時、どれ程忙しく、実際のところ多くの他の本が周りにあってで
もである。従って、『聖なる予言』も、読む準備のできている者は、自然に出合
い、もう読んでしまっているはずである。
しかし、その著者名さえ知らないという人々に、そこに見知らぬ世界観、人生
観があり、生きて行く為の知恵が語られていることを伝えるのも悪いことではな
いのかもしれない。非常に個人的な関係をその書物と結ぶのが読書なので、どう
読まれるかは、まさしく個人の勝手である。
「男女関係について言えば、男も女も相手に要求ばかりして、ほとんど関係を
続けるのが不可能になっている。」
「・・・互いに相手に過度の要求をしたり、相手が自分の世界に住むように期
待して、自分のやりたいことに必ず参加させようとすると、必然的に、エゴの衝
突が起きるのだ。」
同じ箇所に共感を持った「あなた」は、多分「私」と同じことに悩んでいる。
「第一の智恵とは、その人の人生を変える不思議な出来事に気づくことだと思
います。つまり何か大きな力が働いていると感じ取ることです。」
『聖なる予言』に導かれるままに、つまり、話しのプロットに惹かれて読み進
むうちに、著者ジェイムス・レッドフィールドの伝えようとする9つの知恵を知
るところとなるのである。どれが心に響くか、役に立つかは読者次第である。
「写本は、自然と目が合った時は、その二人は話すべきだと言っているの。」
「誰かが私たちの道を横切る時、彼らは必ず私たちにメッセージをもたらして
くれると、言っています。偶然の出合いはありません。」
偶然の出合いはない、と知ったので、「あなた」も「私」も新しい出合いに希
望を・・・。
『聖なる予言』ジェームス・レッドフィールド著 角川書店 1994
本館の所蔵「「「「「「「「「「「「「「「分類記号 配架場所
933 Re 2階開架書架
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あ と が き
この小冊子「私のすすめる本」は、学部及び大学院の学生、特に新入生を対象
として、本学教職員から身近な良書の推薦をいただいたものです。推薦された図
書は文芸作品や随筆から専門分野の入門書まで幅広くわたっています。
また、丹下図書館長からも含蓄のある序文を寄せていただきました。昨年に引
き続きまして、今回も西欧の蔵書票を掲載しております。
この企画に対する教職員各位の御協力に感謝するとともに、この小冊子が読書
への道しるべとなることを期待するものです。
なお、利用の便を考慮し、本学図書館での所蔵データ(分類記号、配架場所)
を末尾に挙げてあります。
最後になりましたが、お忙しいなか、執筆頂きました皆様に深く感謝致します。
[本館の所蔵] 分類記号 配架場所
131.3 PL 1階開架書架
プラトン全集 11 131.3 P71
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(標題の図書はこの叢書に含まれている)
* 発注中の図書は、蔵書検索システムで所蔵を確認して下さい。
また、研究室貸出の図書も配架場所が変更されている場合がありますので、
蔵書検索システムで確認してください。
読書案内 「私のすすめる本」 Vol.8 1995年版
1995年 4月 1日発行
編集発行 兵庫教育大学附属図書館
代表者 館長
〒 673-14 兵庫県加東郡社町下久米942-1
п@0795(44)2061
表紙:藤原克彦(附属図書館)
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